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2017

『ゴジラvsキングギドラ』

CATEGORY『ゴジラ』
トガジンです。

前作『ゴジラvsビオランテ』は、私にとって二重三重の思い入れのある作品でした。
それは、生まれ育った故郷:福井と当時住んでいた第二の故郷:大阪の二つの土地が舞台になっているという親近感と、大阪でのロケシーンを見てエキストラへの興味を抱き始めたことによるものです。
そして”抗核エネルギーバクテリア”という生物学的見地からゴジラを封じるという優れたアイデアを作り出し、世界の核開発やバイオテクノロジーといった深いテーマを内包した知的好奇心を刺激してくれた傑作でもあります。

半面、序盤は理論的描写が大部分を占めることから年少者の目には小難しく映ったことと、娯楽映画としては動きに乏しいビオランテとの怪獣バトルが躍動感に欠けるなどといった問題もあったのは事実です。
実際、『ゴジラvsビオランテ』の興行成績は『ゴジラ(昭和59年版)』を下回っており、続く本作で単純明快な娯楽作品へと舵を切ることは容易に予想できました。

ゴジラvsキングギドラ
ゴジラvsキングギドラ ポスターお前にだけは・・・ver
<あらすじ>
1992年のある日、23世紀の地球連邦機関から3人の未来人がやって来た。
彼らはゴジラ被災から日本を救うという名目で、1954年にタイムスリップしてゴジラ誕生を事前に阻止する計画を携えていた。
タイムマシンで1944年のマーシャル諸島へ向かい、そこに実在したゴジラの素体である恐竜ゴジラザウルスを物質転送装置でベーリング海に転送しゴジラは歴史から完全に抹殺された。

しかし、歴史が改変された1992年の日本は新たに出現した三つ首の怪獣キングギドラの脅威に晒されていた。
未来人たちの真の目的は、23世紀には超大国に肥大する日本を、任意にコントロール可能なキングギドラを使って弱体化させることだったのである。

キングギドラの脅威に対し、巨大コンツェルン帝洋グループの総帥で、かつてゴジラザウルスに命を救われた新堂会長は、ゴジラを復活させるべく東南アジア某国に隠し持っていた核搭載型原子力潜水艦をベーリング海に派遣しようと企てる。
しかし、既にベーリング海では不法遺棄された核燃料の影響でゴジラが復活していた・・・。

G1991 ゴジラ対キングギドラ(第一ラウンド)
今作の発表時に私が危惧したのは”抗核エネルギーバクテリア”で封印したはずのゴジラを一体どうやって再び活動再開させるのか?”ということでした。
「効き目が切れた」とか「ゴジラに耐性が出来た」では、前作の物語を形骸化してしまいますし、何より殉死した権藤一佐がただの犬死にという事になってしまいます。
「別個体のゴジラが出現した」というプロットだと、再び抗核エネルギーバクテリアを使うストーリーになるだけで面白くなるとは思えません。
2年の月日をおいて大森監督が提示したその方法とは、ゴジラシリーズとしては意表を突いたものでした。

タイムマシンで過去に戻り、ゴジラとビオランテの戦いも抗核エネルギーバクテリアを巡る国家間の争いも「無かったこと」にしてしまえ!。

前作の「時代に合ったテーマ性が盛り込まれたインテリジェンス溢れる怪獣映画」はどこへやら、まるで「東宝チャンピオンまつり」に立ち返ったかのような荒唐無稽な娯楽第一主義の作品へと軌道変更していたのです。

『ビオランテ』のライバルだった
そしてタイムマシンのアイデアは、『ゴジラvsビオランテ』公開当時に大ヒットしていたこのシリーズの影響があったことは間違いありません。

【その子誰の子?】
G1991 ゴジラとゴジラザウルス
本作品でよく槍玉にあげられるのが「タイムパラドックス」描写のいい加減さです。
タイムマシンで過去に戻って「ゴジラは誕生しなかった」ことにしたはずなのに、何故かそのタイムパラドックス発生後の平行世界の住人が皆ゴジラの存在を当たり前に知っているというシークエンスには誰もが違和感を感じたと思います。

でも私が気になるのはそこ(だけ)ではありません。
本作で語られた「昭和29年に放射線を浴びてゴジラザウルスが異形化したゴジラ」は、同年オキシジェン・デストロイヤーによって駆除されているはずなのです。
この『ゴジラvsキングギドラ』に登場するゴジラは、昭和59年に30年ぶりに姿を現してその5年後にビオランテと戦った二匹目の個体であり、昭和29年にゴジラ化する恐竜に対処したところでそもそもの問題解決にはならないはずです。


しかし!
そんな野暮なツッコミはどうでもよろしい。
理屈ではなく勢いで楽しむのがこの『ゴジラvsキングギドラ』です。
なにしろ、ファースト・カットでオールド特撮ファンのハートを鷲掴みしてしまうのですから!。


【東宝特撮マインドがたまらない】
G1991 深海調査艇と田中友幸
ストーリー的には穴だらけのこの映画ですが、それでも私を惹きつけてやまないのは本作に漂う「東宝特撮マインド」です。
冒頭の深海調査艇が海底探査をするこの場面からして、『日本沈没』『メカゴジラの逆襲』『緯度0大作戦』などが思い出されてゾクゾクしてしまいます。
しかも、そこに流れる音楽が伊福部昭大先生の新録による楽曲ときていますから、これだけでもう掴みは十分です。

物語にも過去の東宝特撮作品を彷彿とさせてくれる展開が見られます。
G1991 未来人3人
謎の円盤でやってきた異星人(未来人)が、オーバーテクノロジーをひけらかしながらニコニコと友好的に近づいてくる。
協定が成立したように思えたものの、やがて相手は態度を急変させて侵略者としての本性を現します。
東宝特撮ファンにとっては、『怪獣大戦争』のX星人や『ゴジラ対ガイガン』のM宇宙ハンター星雲人を彷彿とさせてくれる敵役の設定であります。

長い間シリアスで知的でテーマ性が高いゴジラ映画を嘱望していた私も、その欲求が前作である程度満たされた以上同じようなテイストで続けられても疲れるだけだったかも知れません。
その意味では、この「知能指数低下現象」とも思えるほどの思い切った方向転換は正しい選択だったと言えるでしょう。


【余談ですが・・・】
これに似てる?
ゴジラvsキングギドラ』と『ヤマトよ永遠に』って、内容も立ち位置的にもよく似ていると思いませんか?。
どちらもシリアス指向だった前作を振り切るように娯楽重視に大きく路線変更したシリーズ3作目ですし、困難と思われたシリーズ続行のための設定変更を「前作を無かったことにする」という力業で強引に行ったのも同じです。
また敵の作戦が「味方に見せかけて罠にかける」という実にめんどくさい代物であるのもソックリで、さらにはどちらも「未来人」がキーワードになっています。
考えすぎかも知れませんが、本作のストーリー作りにおいて『ヤマトよ永遠に』を参考にしたなんてことはないのでしょうか?。


【伊福部サウンドと自衛隊】
本作は自衛隊の協力が随所に生かされている作品です。
実在の兵器が多数画面に登場しており、架空兵器は札幌市でのゴジラ迎撃に使われたメーサー戦車くらいのものでした。
これらとが画面に与えたリアリティは計り知れないものがあります。

G1991 自衛隊車両とUFO G1991 自衛隊協力
ずらりと本物の自衛隊車両や戦車が並ぶ中を俳優さんが歩き、その先には合成されたUFO(タイムマシン)が佇んでいる。
現実と非現実がシームレスに繋がった素晴らしい映像です。
こうした映像は実写部分に本物を配置したからこそ出来たものであり、シリーズ後期では自衛隊の協力が得られなくなって荒唐無稽化していくのが残念でなりません。

G1991 ゴジラ上陸(牛とゴジラ)
今回は音楽に伊福部昭先生が本格復帰しています。
当時、これほど喜んだことはありません。

重厚なだけでなく繊細さも兼ね備えてたその楽曲は、特撮映画との相性が何故か非常に良いようです。
前作におけるすぎやまこういちさんの楽曲もあれはあれで良いものでしたが、その中に伊福部サウンドがポンと入ってくると観ている者のイメージが即座に上書きされてしまいます。
本来の音楽担当者だったすぎやまさんの楽曲は、ほんの数曲の伊福部音楽に食われてしまう結果になっていました。

伊福部先生は本作の音楽を引き受けるにあたり、スクリーンで映像を見ながら演奏するという昔ながらの音付け方法を条件にていたそうです。
まるで楽曲を聴きながら映画を見ているような心地よい一体感はそこから来ているのだと思います。

G1991 ゴジラ浮上
ゴジラが海面に浮上するその一瞬、何故かハープの涼やかな音色が奏でられ、おもむろにゴジラが出現します。
このシーンの音楽の使い方には鳥肌が立ちました。
まさに「静」と「動」を音楽で表現していたわけで、仕事で制作するVTRにも時々この手法を真似して使うことがあります。

G1991 自衛隊戦闘機
更にF15イーグル戦闘機(記録映像)とキングギドラとの空中戦シーンは、巧みな編集と伊福部昭先生の楽曲との融合で何度見ても血沸き肉踊ります。
私は、これを大画面で味わいたくてブルーレイを買ったようなものです。
この映画は、伊福部昭という大作曲家が奏でる楽曲にどっぷりと身を委ねて楽しむ作品なのです。
とりあえずストーリーは二の次で構いません(笑)。


【初期プロットでは日本の核でゴジラを蘇らせるはずだった?】
G1991 核ミサイル搭載原潜
最近になって、大森監督が提示した準備稿に驚くべきストーリー展開が書かれていたことを知りました。
キングギドラ出現後、帝洋グループが所有する原子力潜水艦の核ミサイルを本当にベーリング海に打ち込み、日本人の手でゴジラを作り出してしまうというものです。
この案には田中友幸プロデューサーが断固反対して、完成作品ではベーリング海に沈む核廃棄物のせいにされていました。
しかし、もしこの設定で本作が作られて更にシリーズが継続したとしたら一体どうなっていたでしょうか。

そもそも昭和29年に最初のゴジラが作られた背景には第五福竜丸事件と広島・長崎への原爆投下の影響があったわけで、核に関しては日本人は被害者としての立場を維持し続けています。
それでいながら、「アメリカによる核の申し子であるゴジラが何故日本ばかりを襲撃するのか?」という疑問は第一作のころから未解決のままで、それに関して様々な後付設定や独特の解釈が付け加えられてきました。
例えば、「ゴジラの帰巣本能によるものだ」とか、「ゴジラには太平洋戦争で死んだ日本兵の英霊が乗り移っていて日本に帰りたがっているのだ」とか・・・。
いずれも苦しい言い訳のような設定であり未だ腑に落ちる説明はなされていません。

1998 GODZILLA 2014 GODZILLA
1998年と2014年にアメリカで『ゴジラ』が作られるとなった時に、私はまずその点に注目しました。
アメリカが、自ら使った核で産み出してしまったゴジラによって強烈なしっぺ返しを食らうという、当たり前ではあるが正当なゴジラの物語を期待していました。
ところが、1998年エメリッヒ版では核実験はフランスのせいになっていましたし、2014年の通称ギャレゴジではゴジラは元々放射線の強い時代の生物だったとされて、アメリカの核使用についての描写は避けられていました。

G1991 ゴジラ出現
もし本当に日本人が自らの意思で核を使いゴジラを作り出すというストーリーが語られるとしたら?。
その作品は、本当の意味で『ゴジラ』に引導を渡すシリーズ最終作品になってしまうことでしょう。


【俳優たち】
前作『vsビオランテ』では意図してか旧作の俳優陣をほとんど起用していませんでした。
それが新しいゴジラ・ワールドのイメージを形作っていたのは事実でしたが、若干の寂しさもあったのは事実です。

G1991 土屋嘉男さん
今回、帝洋グループの進藤会長を演じた土屋嘉男さんは、前述の『怪獣大戦争』のX星人統制官を演じた張本人であり昭和の東宝特撮映画でひとクセもふたクセもある人物ばかりを好んで演じていた方です。
今作の土屋さんのキャスティングは、我々オールド・ファンとしては「自分は今、東宝特撮映画を観ているッ!」という気分にさせてくれる本当に嬉しいものでありました。

G1991 ゴジラと新堂
進藤の最期は、若い頃に南太平洋の戦地でゴジラザウルスに助けられたという思いからか、自社ビルの窓越しにゴジラと感慨深げにじっと見つめ合ったのち放射火炎の直撃を浴びて消滅するという凄まじいものでした。
怪獣と見つめあい、昔に思いを馳せるなんて演技はこの人でなければとても出来ない代物です。

しかし、もし上記の「進藤が核を使ってゴジラを復活させた」というプロットが実現していたら、このシーンの持つ意味は全く違うものになっていたはずです。
再び眠りにつけたはずのゴジラを核を使って再び世に送り出した日本人として報いを受けるという非常に重いシーンになっていたでしょう。
それはそれで「土屋嘉男さんらしい役」とも思えますが・・・。

G1991 佐々木勝彦さん
反対に、笑えるのが佐々木勝彦さん。
海洋生物学者ということで、ことあるごとに「その可能性は十分考えられる」と設定のお墨付きとなるコメントを発する役なのですが、どういうわけかドラッド3匹が合体してキングギドラになることも「考えられなくもない」と安直に肯定しています。

対メガロ 「きっとそうだよ」
その姿は、『ゴジラ対メガロ』で何故か突然自我を持ち巨大化したジェット・ジャガーを使命感がそうさせたと理論付け「きっとそうだよ!」と根拠もなく断定した18年前の役柄と全く同じでした。

G1991 中川安奈
そしてシリーズ初となる、戦う女性主人公エミー。
演じた中川安奈さんは『宇宙大戦争』の安達博士など科学者役で知られる千田是也さんの孫娘で、そのことを知ったときには特撮映画の縁のようなものを感じたものでした。

G1991 コクピット G1991 コクピット 目力
映画のクライマックスでは、メカ・キングギドラに乗り込んでのコクピット演技で単調になりがちな怪獣戦を盛り上げてくれました。
この手法は以降のメカゴジラやモゲラ、そして三式機龍(遠隔操縦)へと引き継がれていくことになります。
中川さんは本作以降は主に舞台で活躍されていましたが、残念ながら3年前に若くしてお亡くなりになってしまいました。
残念です。


【矮小化されたキングギドラ】
G1991 ゴジラ対キングギドラ(第一ラウンド)飛
ここからは、どうしても許せない不満点を論っていきます。
一番の問題はタイムパラドックスの矛盾でもなければ、M11役の外人や豊原功補の演技の下手糞さでもありません。
肝心のキングギドラが弱すぎることです。

旧作では宇宙怪獣であったキングギドラですが、今回は全くその出目が変わってしまいました。
本来ゴジラを誕生させてしまうはずだったビキニ諸島の核実験でゴジラザウルスの代わりに放射能を浴びて誕生したのが今回のキングギドラということになっており、これはつまりゴジラの「影の存在」としての意味合いも持つことになっています。

それはそれで良いのですが、新生キングギドラの表現にはかなり物足りなさを感じます。
動きも固く、飛行時の姿はウルトラマンの飛行人形のように足を揃えていて、まるで大型戦闘機のようです。
飛びながらも不規則に動いていた旧作の生物感は感じられず、ゴジラの最大のライバル怪獣というにはかなり残念なものでした。

G1991 ドラッド三匹
そのキングギドラの素体は三匹の可愛い(三枝未希:談)未来のペット:ドラッドです。
特定の音波でコントロール出来ることから、この3匹が合体・巨大化して誕生したキングギドラは単に未来人たちに操られるだけの存在でしかありません。
九州の都市襲撃やゴジラとの初戦の際に見せた凶暴性は未来人に操られていたからに過ぎず、コントロールが切れた途端に逃げ腰になる情けなさ!。

G1991 メカ・キングギドラ飛
さらに未来でメカキングギドラに改造されて再登場した時には、見た目のインパクトこそ強烈だったものの人間が乗り込んで操縦する単なるロボットでしかありませんでした。
意図した表現かどうかにかかわらず、この映画からスタッフのキングギドラに対する愛が感じられず残念です。

【キングギドラにはシネマスコープがよく似合う】
「なんでビスタサイズなんだ!?」
最初に劇場でキングギドラの登場シーンを観た時、率直に思ったことです。

G1991 キングギドラ シネスコなら・・・ G1991 キングギドラ 画面の収まり悪い
寄りのショットでは翼を開いたキングギドラがとても窮屈そうに見えますし、さらに全身を写した飛行ショットでは上下が空いてスカスカの画になっています。
ストーリー重視だった前作・前々作はビスタサイズでもしっくり来ましたが、本作のように派手な怪獣バトルものとして開き直るのなら万難を排してでもシネマスコープにするべきだったと思います。

シネスコとキングギドラ(旧) シネスコと千年竜王
こうして旧作のキングギドラをシネスコ画面で見てみると、2.35:1の横長画面に美しく収まるデザインになっていることがよく分かります。
後年の『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』では、CGながらもシネスコの横長画面いっぱいに翼を開いたキングギドラの姿が神々しくて、こちらの画も本作より印象深いです。


【いろいろ文句はあるけれど】
カタいこと言うな
この際、カタいこと言うな
・・・と、『ゴジラvsキングギドラ』にタイムトラベルネタを導入する要因となったあの名作からの一言でした。

ストーリーや若手俳優の演技、そしてキングギドラの表現には疑問や不満も多いですが、『ゴジラvsキングギドラ』はいつの間にかそれらを忘れて楽しんでしまえる不思議な作品でした。

過去のゴジラ作品では、産みの親である田中友幸プロデューサーが頑として目を光らせていて若手の自由な発想が生かされることが難しい状況が多々あったようです。
さすがに「日本人が核を使ってゴジラを呼び覚ます」というプロットは却下されたものの、今回はこれまで取り入れようとしなかったタイムトラベルものの導入を認めるなど新しいアイデアも盛り込まれて若いスタッフが乗って作っている印象です。
そのエネルギーこそが映画を面白くしていたのでしょう。
『レイダース 失われた聖櫃<アーク>』のように、ストーリーの矛盾を気にする暇を与えないくらい見せ場てんこ盛りの映画でありました。


最後までお付き合いいただきありがとうございました!。

Tag:ゴジラvsキングギドラ

22
2017

映画『メッセージ』と藤子・F・不二雄

CATEGORY映画:洋画
ネタバレ全開です。映画『メッセージ』を未見の方は閲覧をお控えください。

トガジンです。

今年の映画ベスト10の一つが決まりました。

メッセージ』🈠
(劇場:福井コロナシネマワールド)
メッセージ 20170519
この映画、心待ちにしていたのですよ。
本日、仕事帰りに観てきました。

『コンタクト』や『未知との遭遇』のような異星人との意思疎通ものに時間の観念を取り込んだSF映画で、いわゆる「タイムパラドックス・ループ」が頻繁に発生している作品でもありました。
うっかり時系列通りに作ってしまうと、ストーリーの矛盾ばかりが目に付く三流SF映画になりかねない難しいテーマです。
しかしこの映画は、主人公の女性言語学者:ルイーズの愛娘とのエピソードを軸に据えることで、その特殊な物語構造を未来志向の感動作へと昇華するという離れ業を見せてくれました。

観終わって「上手に騙してくれてありがとう!」と言いたくなる素敵な映画です。

この内容をきちんと理解するために何回でも観返したいと思っています。
出来るだけ近いうちに字幕版で2回目を、そして日本語吹き替え版も含めてあと2回・・・いや3回・・・。


メッセージ 二人
この映画には様々なタイムパラドックスが重複して描かれています。
見方によってはご都合主義としか思えないようなものばかりで、最初のうちは「あかん、ストーリーが穴だらけや・・・」と思ったものです。
しかし、もちろんそれは意図的な表現であり、決して適当に作った与太話ではありませんでした。

ヘプタポッドが地球に来た理由
メッセージ ヘプタポッド文字
そもそもヘプタポッドたちが地球に来た理由というのが、「今から三千年後に自分たちを救ってくれることになる地球人を滅亡から救いに来た」という現在の私たちには理解し難い荒唐無稽ともいえるものでした。
多分、地球は何年後かに国家間の戦争かなにかで自滅する未来が待っていたのでしょう。
それを救うには、地球人全体が国や民族ごとの言葉や習慣を超えて分かり合えるようにする必要がありました。
未来から来た、あるいは未来を知っているヘプタポッドたちはあえて環境が大きく異なる12の土地に分かれて降臨し、相互理解のための道具としての「新しい言葉」を与えに来たのです。

・・・と、ここで思い浮かんだのが『ドラえもん』でした。
メッセージ ドラえもん第一話
ヘプタポッドって、ドジなご先祖ののび太を助けることで、自分の人生を矯正しようとするセワシ君そのものじゃないですか?。
もの凄く難解な映画のように見えますが、こうして藤子・F・不二雄先生のマンガになぞらえて観るとかなり理解しやすくなります。

言語解析とシャン将軍の説得
メッセージ 言語学者
言語学者のルイーズがヘプタポッドの言語の解析に行き詰った時、彼女はヘプタポッド語の権威になっている未来の自分のイメージを見ます。
ルイーズは、その中の資料をもとに最初の言語解明に成功します。

また、ヘプタポッドに戦争を挑もうとする中国のシャン将軍を説得するため、言語学者のルイーズは短い時間で彼を納得させる殺し文句を考える必要に迫られます。
その時もタイムパラドックス現象が起き、シャンの亡くなった妻の最期の言葉とシャンの電話番号をシャン本人から聞き出します。
それをシャンに聞かせたことでヘプタポッドの真意を理解させ戦争状態を止めることに成功します。

いずれもタイムマシンで未来に行ってあらかじめ答案を見てくるような、いわゆる「未来を先取り」するエピソードです。
ここで私はまた藤子・F・不二雄先生の漫画を思い出してしまいました。

メッセージ キテレツ大百科トランジスタを使うべし

メッセージ キテレツ大百科タイムマシンの回
ご先祖のキテレツ斎が残した設計図に従って航時機(タイムマシン)を作ったキテレツ。
その設計図には「戸乱辞須太(「トランジスタ)を使うべし」と現代の部品名が記載されていたが、キテレツは「キテレツ斎さまは天才だ」だと感心するばかりで気にはとめなかった。
キテレツとコロ助は完成したタイムマシンでキテレツ斎に会いに江戸時代に行くがマシンが故障してしまって帰れなくなる。
途方に暮れて江戸時代で暮らしていたある日、風変わりな学者風の男がタイムマシンに興味を持ちいろいろいじっているうちに直してくれた。
その男こそ奇天烈斎その人だったが、現代に帰ったキテレツは「本当にタイムマシンを発明したのは誰なんだ?」と混乱するばかりだった。

くれぐれも誤解なきよう願います。
決して藤子・F・不二雄作品のパクりだと言っているわけではありません
こういう風に藤子作品になぞらえていくと、物語のギミックが理解しやすいということを言いたいのです。


メッセージ ルイース
二重三重のタイムループの存在を理解したうえで、主人公:ルイーズの娘:ハンナのエピソードに目を向けると、この物語の狙いがよく分かります。

この映画のオープニングは、ルイーズが最愛の娘ハンナを病気で失うところから始まります。
そして謎の物体が出現し、ルイーズは軍に請われて未知なる言語の解析に駆り出されるわけですが、この時ルイーズは娘を失った心の傷を負ったままこの計画に参加しているのだと思っていました。
そして苦境に立たされるたびに娘の声やイメージに励まされて目的を達していく物語なのだと思い込まされていました。
しかし、そうではなかったのです。
徐々にルイーズは、目の前に現れる女の子が誰なのか分からなくなっていきますが、それもそのはず。
娘の死は過去の出来事ではなく、この事件の後に結婚して授かる娘との悲しい未来を「先取り」していたのでした。

どんなに辛い未来が待ってると分かっていても、愛する者への想いを曲げることは出来ない。
物語が最後にここに行き着くと分かった瞬間、鳥肌が立ちました。
娘の名前と鳥の鳴き声が重要なヒントになっていましたが、ラストで娘が描いた絵を見たときに一本の線でピシッと繋がったと実感したのです。
タイムパラドックスに関してはやや大雑把なところもありましたが、そんなことは既にどうでもよくなっており、最後は「おお!そういうことだったか!」と膝を打っていました。


メッセージ 幻想
ストーリーテリングの上手さに加えて、幻想的な映像も、重低音を生かした音響もとても素晴らしいもので見応えがありました。
この監督さんなら『ブレード・ランナー』の続編にも期待が持てますね。


最後までお付き合いいただきありがとうございました。

Tag:メッセージ 藤子・F・不二雄

21
2017

週刊映画鑑賞記(2017.5/15~2017.5/21)

トガジンです。
毎週日曜日の夜は、この一週間に観た映像作品について徒然に書き連ねております。

5/15(月)
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス』🈠
(劇場:福井コロナシネマワールド)
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス ポスター
月曜日のメンズ・デー(男性\1,100)を利用して仕事帰りに観てきました。
他の映画館は吹替版しか上映してくれないのですが、字幕版/吹替版の両方を上映していたのはいつもの事ながらコロナだけでした。

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス ちびグルート
映画の冒頭はこのちびグルートを見ているだけで120%楽しめます。
「もうこのまま成長しなくていいよ。」ってくらい可愛いのです。

・・・しかし!。
不覚にも、ラストは思わず涙してしてしまいました。

以下、ネタバレを含みます。
未鑑賞の方はご注意願います。


ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス ヨンドゥ
その涙は、このガミラス人みたいな宇宙海賊:ヨンドゥ(演:マイケル・ルーカー)に対してのものでした。
ヨンドゥは主人公:ピーター・クイル(演:クリス・プラット)を少年時代に誘拐し、自分の手下として育ててコキ使ってきた宇宙海賊です。
しかし、強欲なただの小悪党かと思いきや、実は不遇な境遇にあったピーターを不憫に思っての行動だったことが明らかになります。
かつてヨンドゥにピーターを誘拐させたのは、ピーターの実の父親:エゴ(演:カート・ラッセル!)であり、その正体と残忍な真の目的を知った彼は少年を引き渡すことを拒んだのでした。

ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス スタローン
誰にも真実を話すことなくピーターを守ってきたものの、ヨンドゥは海賊のモラルに反するとして組織の大ボスから絶縁されてしまいます。
しかし、最後に本当の事情を知ったボスはかつての仲間:ヨンドゥのために最高の手向けを用意してくれるのでした。
ラストは二段構えで泣かせてくれた映画です。

そのボスを演じていたのは、なんとシルベスター・スタローン。
全く事前情報を知らずに観ていたためこれには驚かされました。

クリフハンガー スタローンとルーカー
マイケル・ルーカーとスタローンは1993年の『クリフハンガー』でも共演しています。
こちらは、ルーカー演じるタッカーの恋人を事故で死なせてしまったウォーカー(スタローン)との確執から始まり、やがては友情を取り戻してテロリストと戦うという役柄でした。

なんだかまた『クリフハンガー』も観たくなってしまいます(笑)。
この映画はジョン・リスゴーの冷酷な悪役ぶりが半端なくて、それと戦ったスタローンと相棒のルーカーの印象も強く残っている作品でした。

ネタバレ終了

これから『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー リミックス』を観に行くことをお考えの方は、前作を見返したうえで劇場に足を運ぶことをおすすめします。


5/16(火)
『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』
(PCにて視聴:Amazonビデオ)
ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー 前作
・・・というわけで、早速前作を見返してみました。

とはいえ、前日観た『~リミックス』があんなにいいと思ってもいなかったため、録画したはずのWOWOWデータも消してしまっていました。
そこで、今回初めてAmazonビデオ(有料レンタル)を利用してみました。
ネット配信は「冒頭十数秒間の画質が悪い」「24Pで観られない」といった弊害があって利用を見合わせていましたが、今回のように続編との関連をチェックするというだけなら十分です。

公開当時に観た感想としては、B級スペース・オペラとしては面白かったものの敵組織の関係が複雑で分かりにくく散漫な印象がありました。
ストーリーとしてはピーターたちが仲間としてまとまっていく過程を見せる紹介編であり、そのためかあまり強い印象は残っていなかったのかも知れません。

今回改めて観てみると随所に続編に繋がる伏線が張られていて、「脚本は2本分まとめて書いたんじゃないか?」とさえ思えるほどでした。
ヨンドゥの扱いも、最初は強欲なチンピラのようにも見えますが、口笛で操る矢を使ったカッコいい見せ場も用意されていて決してただの小悪党としての扱いではありません。
またラスト近くでは腹心の部下と「ピーターを父親に渡さなくて良かった」と嘯く場面もあり、この2本が「正編と続編」ではなく「前後編」のような作りになっていることがうかがえます。

『~リミックス』のラストではパート3に向けての「引き」が用意されていましたが、今年の『~リミックス』が良かっただけにこれで終わってくれても構わないのですがね。
むしろ『アベンジャーズ』シリーズへの関与がどうなるかに興味があったりします。


5/17(水)
『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』🈠
(ホームシアター:レンタルDVD)
ソング・オブ・シー 海のうた
妹の出産を機に姿を消した母を想うあまり、その妹につらく当たってしまう兄。
自分にも3歳年下の妹がいて、幼いころは妹ばかりを可愛がる両親に反抗してみせたり妹をいじめてしまったりしたものでした。
そんなほろ苦い思い出が蘇ってしまって、中盤までの兄の我儘な行動は見ていてつらいものがありました。
しかし、瀕死の妹を助けようとカナヅチの兄が意を決して海に飛び込む場面はクライマックスとしても最上の爽快さで、見ていて幸せな気分になります。

シンプルでメルヘンチックな絵柄は『まんが世界昔ばなし』を思い起こさせてくれるものでした。
これは『まんが日本昔ばなし』と同時期に放送されていたもので、宮城まり子さんと名古屋章さんがナレーションを担当していた番組です。
最近の日本のアニメーションはこういうシンプルな絵柄で物語を伝えてくれるものが無くなって久しい気がします。

5/18(木)
『レッド・タートル ある島の物語』🈠
(ホームシアター:レンタルBlu-ray)
レッド・タートル ある島の物語 ポスター
宮崎駿監督の引退後、ほぼ全てのスタッフを解雇して制作機能を手放したスタジオ・ジブリの海外との共同制作による新作アニメーションです。
監督は『岸辺のふたり』で高評価を受けたフランス人のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィットで、ジブリからは高畑勲監督がプロデューサーとして参加しています。

内容は・・・。
よく分かりません。

前日に観た『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』と同じように、人間の男と海から来た人間ならざる女と、そしてその間に出来た子供の物語です。
死んだウミガメの死骸の中から生身の美しい女性が現れるという展開はファンタジーとしては有りでしょうけど、問題はそのウミガメを死なせた(殺した)のが当の男本人だということが引っかかってしまい彼に感情移入することが出来ません。
前半部では楽団の幻を見たり海の上を浮遊する夢を見るといった思わせぶりな描写もありましたが、どこからが男の夢(妄想)なのか考えようという気も起きませんでした。

結局、鑑賞中は内容について考えることは放棄して、とある別の映画のことばかり考えていました。

裸の島 場面写真
その映画とは、新藤兼人監督の『裸の島』です。

この2作の最大の共通点は「セリフが無い」こと。
あるのは息遣い、笑い声、泣き声といった「声」だけであって「言葉」はありません。

瀬戸内海の小島に親子4人の一家族が住んでいあT。
本土から小舟で運んできた大切な真水を畑の作物にやり、料理に使い、夜はお風呂で一日の汚れと疲れを落とす。
ただひたすらその繰り返しだった
そんなある日長男が高熱を出して倒れ、本土まで必死に医者を呼びに行ったものの間に合わないという出来事が起きる。
しかし、その翌日以降も親子3人になった一家の生活は今まで通り淡々と続く。

モノクロ&シネマスコープの画面に、乙羽信子と殿山泰司という名優二人と子役たちがセリフによる説明一切無しで孤島の生活に引きずり込んでくれます。
残念ながら『レッド・タートル』にはそこまでの吸引力は感じませんでした。

『レッド・タートル ある島の物語』の話題をこう締めくくるのもなんですが、日本映画の最高傑作の一つ『裸の島』、お薦めです!。


5/19(金)
映画鑑賞無し
この日は朝の3時に家を出て早朝からロケ、続いて夕方までみっちり編集作業というロングラン仕事になりました。
50を過ぎたおっさんには酷な労働です。
帰りの運転中にも猛烈な眠気に襲われて、途中のコンビニで2時間ほど仮眠を取ったくらいです。

当然、帰宅後にも映画はおろかTVさえ見ようという気力も無く、つらつらとインターネットをチェックして寝ようと思っていたのですがおもむろにこんなニュースが目に付きました。

宮崎駿 新作始動
以前NHKのドキュメンタリー番組『終わらない人 宮崎駿』の最後で、新作長編の企画を書き上げて鈴木プロデューサーに「これを作るお金を集めて」と言い放つ宮崎駿監督の姿がありました。
「宮崎監督の長編復帰か!?」と話題になりましたが、どうやら本当に動き始めるようです。
前の日にフランス人監督に出資したジブリ作品『レッド・タートル』を観たばかりだったので驚きもひとしおでした。

以前ジブリを解雇されたアニメーターや美術スタッフはどんな気持ちでこの広告を見ているのでしょうか?。
私はフリーランスの映像制作業者という立場上、レギュラー番組の終了とともに職を失ったり、経費削減のため内需にシフトするという理由で一方的にスタッフから外されたりといった屈辱を味わった経験が多々あります。
そうした観点から見ると、ジブリのあの一方的な解散は宮崎監督のスタッフに対する裏切り行為に思えてなりません。

もちろん宮崎監督の新作は私も観たいですが、今回のいきさつは巨匠とはいえやや勝手が過ぎるのではないかという思いが否めません。
我ながら狭量な意見でお恥ずかしいのですが、もし自分が旧ジブリスタッフだったらと想像すると無条件で「楽しみ!」とばかりは言えないのであります。

5/20(土)
映画鑑賞無し

お祭り
昨日ブログに書いたとおり、真夏日の暑さの中地元のお祭りに出かけていました。
夕方に帰宅後、撮影してきた動画を保存用におおまかに粗編集して保存しておきます。
こうしておけば、このお祭りのネタで番組や広報ビデオ作りをする機会があった場合に自前の素材として使うことが出来るのです。
仕事が無いときはこういった資料映像作りをちょくちょくやっております。

しかし、これだけ天気が良くて人出も多いと画の抜けも良くて使える画が多いです。
欲を言えば俯瞰(高い場所から)の広角の画が足りないですが、こればっかりは街中のお宅にお邪魔して撮らせていただくしかないので事前の許可をお願いしておく必要があります。
来年の本祭り(5月20日)は日曜日ですから、天気次第ではもっと準備万端整えて4Kで撮影してみるのも良いかも知れません。

5/21(日)
映画鑑賞無し

昔から暑いのは苦手だったのですが、ここ数日の季節外れの真夏日は堪えます。
今日はどうやら炎天の影響で軽い熱中症にかかってしまったようでした。

仕事中にどうしようもなく身体がだるくなり、立っていられなくなってしまいました。
一目をはばからず、頭からペットボトルの冷たい水をかぶって冷却することで復活できましたが、気を付けないと本当に危ないです。

実は8年前に、熱中症で救急車のお世話になったことがありましたがあの時の恐怖感は忘れません。
身体がだるくて重くなった次の段階として、目の前にもやがかかったように視界が悪くなり音もモヤモヤとして聞こえにくくなります。
そして、ついさっきまで「暑い暑い」と言っていたのに今度は寒くて寒くて仕方がなくなってくるのです。
医者が言うにはあと数分頭を冷やすのが遅れたら本当に危なかったとのことでした。

それ以来、「熱中症恐怖症」になってしまった私は、常に帽子をかぶり水分補給も欠かしませんでしたが、今回はどうやら塩分不足が原因だったようです。
先日の早朝仕事から体内時計が狂っていてやや寝不足気味だったことも原因だったかも知れません。
先ほど帰宅したばかりですが、この記事だけ書いて寝ることにします。


皆様も熱中症にはくれぐれもお気をつけください。
今週もお付き合いいただきありがとうございました。
20
2017

平穏を乱し、我が街をねり歩く巨大な奴等

CATEGORY未分類
トガジンです。

今日は福井県でも30度を超える真夏日になりました。
・・・と、まるでニュースの前フリみたいな書き出しになってしまいましたが、いやホント暑かった!。
5月に真夏日なんて異常気象もいいとこです。

20170520 01 神輿
そんな中、今日は資料映像の撮影も兼ねて地元のお祭り見物に出かけてきました。
毎年5月19・20・21日の三日間は、北陸三大祭りのひとつ三國神社の春の例大祭、通称「三国祭り」が開催されています。

20170520 02 全6基
中でも「本祭」である今日(20日)は神社に奉納される巨大武者人形の曳き山車(やま)巡行が見どころで、いつもは閑静な湊町もこの日ばかりは数百軒の露店が立ち並び約15万の人出で賑わいます。
今年の本祭は土曜日ということもあってか、例年よりも人出が多く県外からの観光客も多かったように感じました。

20170520 02 一番
キャラクターとしては例年戦国武将が取り上げられることが多く、この一番山車(正面向)の大谷吉継も秀吉の時代に現在の福井県・敦賀市を治めた武将です。
石田光成との友情物語や、儀に厚い人物として語られることが多く、歴史好きの女性たちに人気の高い戦国武将のようです。

20170520 03 二番
山車の高さは電線などの都合もあって6.5メートルまでとなっていますが、そんな制限など無かった昔には10メートルを超える巨大なものもあったようです。
この人形制作は、数年前までは技術を受け継いだ町内のある床屋さんが一手に引き受けていましたが、数年のうちにその床屋さんとそのあとを継いだ息子さんも立て続けに亡くなられてしまうという不幸な出来事がありました。
伝統の継承が危ぶまれたこともありましたが、現在では地区ごとに研究を積んで独自に作っているみたいです。

20170520 大変
ただでさえ狭い路地に屋台が軒を連ねていて、しかも尋常ならざる人出の中をこんなデカいものが練り歩くのですから大変です。
熊手のような棒で電線を押し上げ、各屋台は山車が通るたび屋根を立てて道を開けます。

20170520 06 お囃子
山車の内部にはこのようにお囃子役の子供たちが乗り込んでいて、♪ピーヒョロピーヒョロ「え~い~やっ」と引手の男衆を盛り立てます。
このお囃子も伝統に乗っ取って、何か月も前から特訓しているとのこと。
お囃子役の子でなくとも、祭りの日はたとえ平日であっても町内の小中学校は午前中で授業が終了したものでした。
この町の住人の一年は、5月20日を中心に回っていると言っても過言ではありません。
また、引手や山車を指揮する男衆の中には小中学校時代の同級生もいて、昔のアダ名で呼び合う懐かしい再会もありました。

20170520 08 五番 児雷也
他にも、このように乗っている蝦蟇から煙が吹き出すギミックを加えた「児雷也」とか・・・。

20170520 10 六番・勝家公?
柴田勝家の山車の前方を、勝家公に扮した大男が槍を持って先導するというユニークな演出もありました。
このリアル勝家公は観光客にも人気のようで、あちこちで記念写真をせがまれていました。
ちなみに柴田勝家は、羽柴秀吉に敗れて福井城でお市の方と共に最期を遂げた戦国武将です。
最近の映画では三谷幸喜の『清須会議』で役所広司が演じていました。


20170520 07 四番
山車をこうしてローアングルで撮っていると小さい子供の目線と同じになり、幼い頃にこうして仰ぎ見た記憶が蘇ります。

巨大な人型が、非日常空間と化したわが街をねり歩く・・・。
これって巨大ロボットや怪獣映画そのものじゃないですか!?

私が生まれて初めて映画館で『ゴジラ対ヘドラ』を仰ぎ見て、脳天直撃を受けたのは小学校に入って最初の夏休みのことでしたでした。
いや、それ以前の『ウルトラセブン』や『帰ってきたウルトラマン』から「巨大怪獣がいる世界」を身近に感じていましたが、それは私が物心付いた頃から年に一度の地元のお祭りで「わが街を闊歩する巨大なモノ」を仰ぎ見ていたせいだったかも知れません。

そういえば『大魔神』を初めて観たときは、何故か終盤で大魔神に追い回される大館左馬之助に感情移入してしまって異様に怖かったのを思い出しました。
私が「でっかいもの」に憧れるのと同時に畏怖する気持ちの原点は此処にあったようです。


いや~、それにしても暑かった!。
本日もお付き合いいただきありがとうございました。
14
2017

週刊映画鑑賞記(2017.5/8~2017.5/14)

トガジンです。

毎週日曜の夜は、この一週間に観た映画の感想をまとめて書き連ねています。
「週刊映画鑑賞日記」と称していますが、今後は従来スルーしていた映画本編以外も書き留めていこうと思います。
ドラマやアニメの一話分、あるいはドキュメンタリーやステージ映像なども、心に留まるものがあれば書き記していくつもりです。
ただし、たとえどんなに可愛い子が出ていたとしてもアダルトビデオは例外です(笑)。

というわけで月曜日に見たのがこれです。

5/8(月)
ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』
の特典ディスク

(自室の32インチ液晶テレビ:Blu-ray)

内容の大半はすでに情報として知っていたものでしたが、実際にメイキング映像として見られる各シーンには本編には無かったシークエンスも散見されて興味深かったです。

デジタル・レイア 中の人 デジタル・ターキン 中の人
特にCGで描かれた若きレイアやターキンの基を演じた俳優さんの素顔が見られたのは楽しかったです。
お二人とも自分の素顔は映らないことを承知の上で、真摯に役柄に向き合い、そして楽しそうに演じていたのが印象的でした。

ただ、映像技術の凄さに驚くと同時にどこか虚しさと気持ち悪さも感じました
この技術を使えば、例えばドニー・イェンのアクションを基にブルース・リーの新作を作ることも可能になってしまいます。
キャリー・フィッシャーご本人が亡くなられた今、未撮影の『エピソード9』ではこういう形でレイアが登場することになるのでしょうか?。

K2 中の人
あと楽しかったのが、K-2SOを演じた俳優さんのこの恰好(笑)。
こういう画を前にも見たことあるなぁ~と思ったら・・・

ジャージャー 中の人
新三部作でジャージャー・ビンクスに扮したアーメド・ベストでした。

ジャージャー・ビンクスは『スター・ウォーズ』史上最不人気キャラクターですが、演じたアーメド・ベスト自身は常にユーモアを振りまく好人物であり現場を和ませてくれる中心的存在でした。
それは今回のK-2SOを演じたアラン・テュディックも全く同様だったようです。

キャシアンとK2
K-2SOは空気を読めない朴念仁キャラではありましたが、どこか粋で頼りになって最期はジンたちのために盾となってくれた千両役者でありました。
CGアニメーションキャラクターですが、この俳優さんの演技プランとユーモアセンスは間違いなくK-2SOに生かされていたと思います。


一方で、物足りなさを感じた部分もありました。
特に未公開シーンが全くといっていいほど収録されていなかったことが一番の不満です。

ローグ・ワン 設計図を持って浜辺を走るジン
例えば、ポスターや予告編にあったジンがスカリフの浜辺を走るシーン。
ここでジンの手にデス・スターの設計図”スターダスト”が握られているのが分かります。
実際の映画では、ジンたちは貨物艇からタワーまで直接乗り物で移動してそのまま天辺のアンテナ部分まで行っており、設計図を持って外に出ることは一度もありませんでした。

ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』はスケジュールぎりぎりまで編集変更や再撮影が行われたと聞きますが、中には一部のキャラクターが生き残る案もあったようです。
そうした別の可能性を窺い知る要素が全く無かったのは残念です。

オミット・シーン
フェシリティ・ジョーンズはもう一本『スター・ウォーズ』作品に契約をしているとのことで、おそらくはスピン・オフ第2弾「若き日のハン・ソロ」作品にジン・アーソ役で出演するものと思われます。
時系列でいえば、ソウ・ゲレラの元を離れたばかりのジンが昔のハン・ソロと接点があったとしても何もおかしいことはありません。
その時、私はまた涙してしまうかも知れません。
ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』のジンの最期を思い出すと同時に、かつて出会ったハンが成り行きとはいえデス・スター破壊作戦に大きく貢献したという因果関係に。

・・・と、妄想は膨らむばかりです!。


5/9(火)
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN IV 運命の前夜』🈠
(ホームシアター:レンタルDVD)
GUNDAM THE ORIGIN IV 運命の前夜
キャスバル・ダイクンがシャア・アズナブルとして勇名を馳せるようになるまでを描く、『機動戦士ガンダム』1STシリーズの前日談シリーズ第4話。
私にとってのファースト『ガンダム』は劇場版三部作が全てでTV版の設定はよく知らないのですが、その視点で見る限りキャラクターの関連性や性格付けが微妙に違っているのが気になります。
サイド7時代からアムロとカイが同級生だったとか、父テム・レイがミノフスキー博士の弟子だったとか、シャアとランバ・ラルと黒い三連星が共同で戦ったことがある、とか。
漫画版『THE ORIGIN』の設定に基づいているのでしょうが、なんだか世界観が狭まってしまった気がしてなりません。

また各キャラクターがエキセントリックに変化してしまったように感じます。
絵柄や声優さん、そして何より演出が富野由悠季監督からアニメーターである安彦良和さんに変わったことで、エモーショナブルな(悪く言えばおおげさな)演技が目立ちます。

そんな中にあって、微笑ましかったのはドズル・ザビの純情でした(笑)。
後にソロモンで今生の別れを演じることになる愛妻ゼナさんへの必死のプロポーズが、私にとってこのアニメ最大の見せ場でした。
もっともオリジナル版のゼナさんは泣いて夫にすがりつくか弱い女性だったように記憶しておりますが・・・。


5/10(水)
『ウォルト・ディズニー 短編アニメーション傑作選』🈠
(ホームシアター:WOWOW録画)
GW中に録画しておいたものです。
全部で1時間10分程度だったので帰宅後の短い時間でも観られるし、短編集なので途中で止めてもいいからとこれを選択しましたが、結局は最後まで一気に観てしまいました。
初期の『花と木』から名作『風車小屋のシンフォニー』までアニメーション技術がみるみる向上していく様子が手に取るように分かります。
WOWOW ディズニー短編 三匹のこぶた
とはいえ、一番笑ったのは『三匹のこぶた』のこの場面でした。
昔のディズニーは時々こういうシュールなギャグを散りばめてきますね。
お父さんに合掌!。


5/11(木)
『ゴジラvsキングギドラ』
(ホームシアター:Blu-ray)
1991 ゴジラvsキングギドラ
ゴジラシリーズ通算18作目。
そして、平成ゴジラVSシリーズ第3弾でもあります。

私が映画評で最も重要視するストーリー面から見ると正直ダメダメな作品なのですが、それでも何故かブルーレイを所有しているくらい好きなゴジラ映画でもあります。
それはこの映画が、歴代ゴジラシリーズが積み上げてきた「〇〇でなければならない」「●●はNG」といった呪縛を振り払って、作り手が楽しんで作った作品だからなのかも知れません。

『ゴジラvsキングギドラ』レビューは、まとめるのに少々難儀しておりますが近日アップ予定です。

5/12(金)
『ユーリー・ノルシュテインのアニメ映画傑作選』🈠
(ホームシアター:WOWOW録画)
WOWOW ユーリー・ノルシュテイン
スタジオ・ジブリの高畑勲監督が敬愛するロシアのアニメーション作家、ユーリー・ノルシュテインの過去作品を集めた番組です。
前々日の『ウォルト・ディズニー 短編アニメーション傑作選』と同じ考えで少し疲れた身体で観始めましたが、完全に作品選択を間違えました。
どれも未見であり良い作品ばかりであることはわかっているのですが、このおだやかなテンポは疲れた身体には眠気しかもたらしてはくれません。
あえなく一本目の途中で寝落ちしてしまいました。
後日、改めて見直したいと思っております。


5/13(土)
『ディズニー・ショート・フィルム・コレクション』🈠
(ホームシアター:WOWOW録画)
🈠と付けていますが、収録作品のうち数本はディズニー映画との伴映で観たものです。
しかし、初鑑賞の作品の中にひときわ素晴らしい一編がありました。

WOWOW ディズニー・ショートフィルム 紙ひこうき
『紙ひこうき(Paperman)』

書類の束を抱えたサラリーマンが、駅で笑顔の素敵な女性と出会う。
なれそめは風で飛ばされた書類の一枚が彼女の顔に当たり見事なキスマークが付いたこと。
名前を聞く間もなく分かれたものの、なんと職場の隣のビルの一室に彼女の姿が!。
男はなんとか彼女とコンタクトをとるべくありったけの書類を使って紙飛行機を飛ばし始める・・・。

粋なお話です。
キャラクターが魅力的です。
セリフは無くとも、動きと表情だけで二人の想いが伝わってきます。
そして、ラストはほっこりします。
モノトーンの映像も、躍動感溢れる手描きアニメーションも見ていてとても心地良い作品です。

近年はディズニー本社もピクサーに倣ってCGアニメーションに移行してしまいましたが、今一度、この二次元手描きアニメーションによる長編映画を見せてもらいたいものです。


5/14(日)
映画鑑賞無し
日曜日はこの「週刊映画鑑賞記」をまとめることに時間を費やすことになるため、映画鑑賞無しになってしまうことが多いですね。
好きでやってるこのブログですが、そのために映画を観る時間を割くのは本末転倒です。
ノートPCの導入で少しづつ改善できればと思っております。


今週もお付き合いいただきありがとうございました。

Tag:ローグ・ワン