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2017

週刊映画鑑賞記(2017.8/7~2017.8/13)

トガジンです。
毎週日曜日の夜は、この一週間に観た映像作品について徒然なるまま書き連ねております。
とはいえ、今週は仕事が忙しかったこととAVアンプの不具合のために、観れた映画はわずか一本のみ。
さらに金曜日からは、東京・千葉・大阪・京都から子供連れの親戚たちが海水浴と墓参りのために大勢来ているため、我が家は現在まるで民宿の如き状態になっております。


8/8(火)
タイム・チェイサー』🈠
(ホームシアター:WOWOW録画)
タイム・チェイサー
『シックス・センス』や『A.I.』の名子役、ハーレイ・ジョエル・オスメントが製作・主演を務めたタイムマシンもの。
幼い頃父親が失踪した原因がタイムマシンで時間旅行中に強盗に遭って殺されたためだと知り、残された設計図を元にタイムマシンを作って父を救いに行き歪んだ歴史を修正しようというストーリー。

出演者は何気に豪華です。
母親役は『Xファイル』のスカリー捜査官ことジリアン・アンダーソン。
今作では、夫が失踪したことで心を病んでしまい、そのことで息子の重荷になっていると思い込んで自殺してしまう弱い女性役です。

祖父役は『タイタニック』の設計者役だったヴィクター・ガーバー。
大学教授で孫のタイムマシン開発に助力するという役どころですが、彼の登場シーンの一部に『レイダース 失われた聖櫃<アーク>』の”あるシーン”がそっくりそのまま出てきます。
青リンゴの意味とヴィクター・ガーバーについて知ってしまうと、そのあまりにもストレートな表現に笑っていいものか迷ってしまいます。

ハーレイ・ジョエル・オスメント
そして、ハーレイ・ジョエル・オスメント。
この作品のPRのために来日したときにはその変わり果てた姿に驚いたものでしたが、その一方で彼が堅実に映画界で生きていることに安心したものです。
クスリ漬けになったジョン・コナーとか、死亡説が流れたケビン君とか、本当にダークサイドに堕ちたアナキンとか・・・。
子役として名を馳せた人たちのなれの果てを考えると、彼の現状にはほっとさせられました。

タイム・チェイサー』というタイトルと出演者名簿を見ていると、過去に戻って歴史改変を展開するSFサスペンスものかと思ってしまいます。
ところがどっこい、映画の大半は現代で「タイムマシンが完成するまで」のすったもんだがほとんどです。
父の失踪を苦に心を病んだ母が自殺してしまったのを機にタイムマシンで過去を修正しようとする主人公エロル。
ところが、付き合っていた彼女を孕ませてしまい、「この子も無かったことにするつもりなの?」と詰め寄られてしまいます。
う情けない主人公に何度も気持ちが萎えそうになります。

時間旅行のシーンは終盤10分程度ですが、1946年との時間差の表現は家の前を当時のファッションの女性が歩いていることと、現代パートでも出てきた両親の思い出の店くらいしか描かれておらず、あとはひたすらタイムマシンのある地下室でのやり取りに終始します。
これも予算がない中でタイムトラベルものをやるにあたって一つの手であるかも知れません。

『バック・トウ・ザ・フューチャー』や『バタフライ・エフェクト』みたいなタイムトラベルものを期待すると肩すかしを食らうのは確実です。
しかし、学生時代に8ミリフィルムで自主製作映画に没頭した者としては、この低予算なりに工夫を凝らしたアプローチには微笑ましさと同時に敬意すら感じてしまいます。
ストーリーテリング自体はしっかりしていますし、俳優さんの演技も上手いので過度の期待をしなければそこそこ楽しめる映画です。

ただ一つの大きな難点は、わざわざエロルが助けに行った父親があまりにも自己中でバカすぎること。
こいつのために命を賭けた主人公や、12年もの間心を痛め続けていた妻が哀れでなりません。


今週もお付き合いいただきありがとうございました。

Tag:タイム・チェイサー

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2017

【訃報】中島春雄さん(ミスター・ゴジラ)

CATEGORY『ゴジラ』
トガジンです。
また一人、私の大好きなものを創ってくれた方が逝ってしまわれました。

中島春雄さん 『南海の大決闘』より
ゴジラ』第一作から『ゴジラ対ガイガン』までの18年間、ほぼ全てのゴジラ役を演じられた中島春雄さん。
7日午後、肺炎のためお亡くなりになりました(享年88歳)。


08 ゴジラ登場
私が初めて目にしたゴジラの雄姿。
この『ゴジラ対ヘドラ』でも中島さんがゴジラを演じていました。

中島春雄さん 『ゴジラ対ヘドラ』より
当時の中島さんは円谷英二監督の死去を受けてゴジラ俳優を引退することを考えていたそうですが、中野昭慶監督を初めとする特撮スタッフから「是非」と乞われて再びゴジラを演じることにしたのだそうです。
「東宝チャンピオンまつり」の一プログラムとしてゴジラシリーズの継続が決まったとき、その再スタートに当たってはやはりオリジナルである中島さんの演技が必要だったのだと思います。


G04 ゴジラ造形
この『モスラ対ゴジラ』のゴジラ初登場シーンは何度見てもゾクゾクします。
ぐいっと躰を起こしてぶるぶるっと土を落とす仕草はまさしく「生き物」そのものでした。
この巨大生物が放射熱線を吐き、街を蹂躙しながら迫ってくるのですからたまりません。
私が『モスラ対ゴジラ』を怪獣映画史上屈指の傑作と信じて疑わない理由はひとえにこのシーンの存在によるものです。

昭和のゴジラは作品ごとにキャラクターが変化していました。
それが「畏怖すべき存在」であるにせよ「ヒーロー」として描かれるにせよ、そこに描かれているゴジラが生きているように見えなければどうにもなりません。

人形浄瑠璃
中島さんが演じたゴジラの所作には、日本の古典芸能「能」や「人形浄瑠璃」にも通じる「見立て」を想起させるものがありました。
一度「見立て」を経てしまえば、多少の造りの粗さも(若干やり過ぎ気味の)おふざけも素直に受け入れることが可能になっていくものです。
キャラクターに生命を感じることさえ出来れば人形浄瑠璃の黒子も目に入らなくなるのと同じようなものです。


中島春雄さん 『怪獣総進撃』より
中島春雄さんは元々東宝の俳優さんですから、顔出しでの出演も多数存在します。
ちなみにこちらは『怪獣総進撃』の参謀本部の幹部役で、一番手前が中島さんです。

中島春雄さん 『ゴジラ』(昭和29年)より TVで紹介
昭和59年版『ゴジラ』公開前に放映された特集番組で、中島さんの出演場面が紹介されていました。
それがこのゴジラ防衛線の準備にあたる変電所のシーンです。

中島春雄さん 『ゴジラ』(昭和29年)より 私でございます
VTRでこの後ろ姿を見た時、中島さん本人が「あ、私でございますね」と少し驚いた様子で答えていました。
ご本人の肉声を初めて聞いたことと、その妙に丁寧な口調が可笑しかったことから今でもよく覚えています。

(確か片岡鶴太郎だったと思いますが)出演者から、「ゴジラに入っていたから頭が薄くなったのでは?」などと失礼なことを言われていましたが、それに照れ笑いする表情もまた記憶に残っています。


また、Wikipediaによると『ゴジラ』第一作目にはゴジラ役の他に新聞記者役でも出演されているとあります。

中島春雄さん 『ゴジラ』(昭和29年)より 新聞記者役
探してみたところ、この場面に出ている一人が中島さんでした。
「ゴジラを大いに研究するべきだ」と唱える別の記者に対して・・・

中島春雄さん 「現状の災害はどうするんだ?」
「しかし、現状の災害はどうするんだ?」と反論する若い記者です。
こうして見ると、このセリフを中島さんに言わせるというのはなんだか洒落が効いていますね。

中島春雄さん 『ゴジラ』(昭和29年)より 手塚勝巳さんも
ちなみにこの直後、萩原記者に芹沢博士に会うよう指示する上司役は中島さんと共同でゴジラに入った手塚勝巳さんです。
このシーンは、初代ゴジラ俳優お二人の揃い踏み場面でもあったわけです。

当初は元プロ野球選手でもある手塚さんがゴジラ役のはずでしたが、着ぐるみがあまりにも重くて3メートルくらいしか歩けなかったとのことです。
それを、中島さんは10メートル歩いて見せてメインのゴジラ役に決まったのだそうです。
しかし、こうして見るとお若い頃の中島さんは細身な印象で、とても100キロ以上あるゴジラ・スーツを着て歩ける方とは思えませんね。

中島春雄さん Mr GODZILLA
引退後も『ゴジラ』新作公開のたびにお元気なお姿を見せてくいれていましたが、もうあの人懐っこい笑顔が見られないと思うと怪獣映画ファンとして寂しい限りであります。

中島春雄さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

Tag:中島春雄 ゴジラ

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2017

AVアンプの無償修理

トガジンです。
今回は久し振りのホームシアターネタです。

【愛機】
TX-NR5010.jpg

現在私が愛用しているAVアンプは、ONKYOのフラッグシップ機TX-NR5010です。
ONKYO製AVアンプはこれが3代目になりますが、音質だけでなく操作性についてもとても気に入っております。

インプットボタンから直接起動
中でも、正面パネルに独立した入力スイッチがずらりと並んでいるのが嬉しいところ。
メイン電源スイッチを押さずとも、この任意の切り替えスイッチを押すだけで電源が入るのが心地良いです。
自分の指先からアンプが動き出すような感覚が妙に嬉しいのですが、これって昔『マジンガーZ』などのロボットアニメに憧れた世代ならお分かりいただけるのではないでしょうか?。
他社製品はこの部分がロータリーダイヤルになっているものが殆どで、直接機械を操作する楽しみが感じられません。

トロイダル電源
また、電源トランスとしてトロイダル型の大型タイプを搭載しています。
小音量で鳴らしても微細な音が聞き取りやすく、それでいて決して「五月蠅い」聴こえ方ではありません。
以前使っていた廉価機種ではこうはいかず、どんなに「無駄使い」と蔑まれようともアンプに安物は使いたくないと思っています。

しかしながら、日進月歩のAV界では(メーカーの都合で)続々と新規格が登場してくるので困ってしまいます。
実際のところ、「Dolby Atmos」や「DTS:X」といった新サラウンド規格や4K信号への対応など、TX-NR5010も買って2年も経たないうちに旧式化してしまいました。
ソフトウェア・アップデートでこれらの新機能が追加されるのではないかと期待もしましたが、待てど暮らせどそんな都合の良いアナウンスはありません。
昨今のAV不況を鑑みると、もしかしたらこのTX-NR5010並みのアンプ部を持ったアトモス/DTS;X機(つまり5010の後継機)はもう登場しないんじゃないかとさえ思えてくるのです。


<閑話休題>
そんなTX-NR5010ですが、今回、致命的不具合が出たことでメーカー送りになってしまいました。


【症状】
音が出ない・・・
実は数か月前から、時々おかしな症状が出るようになっていました。
いつものように入力スイッチを押して電源を入れても、最初の数分間全く音が出ないのです。
例えば、選択したのがBDレコーダーであれば、すぐに放送番組の音声が聞こえるはずなのですがずっと無音のままなのです。
フロント表示部には「AAC」とか「DTS」などのフォーマット表示が正しく出ていますので、音声信号は正常に読み込めているようでした。

問題発生
その無音時間は2~3分のこともあれば10分以上続くこともありました。
入力スイッチからの起動ではなく、正式に電源スイッチを押してスタートさせても同様です。
気付かないうちに余計な設定が有効化されているのかと思い設定リセットも試しましたが全く効果はりません。
かと思えば、スイッチオンで普通に使えることもあったりするのでこれまたややこしい。
これだと、メーカーに送ったとしても「症状出ず」でそのまま戻ってくる可能性もあるのです。
その場合でも幾らかは支払う必要があるわけですから、原因がアンプにあるのかどうかハッキリさせておかねばなりません。
先日メインパソコンが故障してしまって予定外の出費をした直後ですから、出来るだけ無駄な出費は避けたかったのです。

この状況は、帰宅後の限られた時間をホームシアターでの映画鑑賞に費やすことが多い私には非常にやっかいなものです。
例えば、夜8時に帰宅して夕食と入浴を済ませたとすると、映画を観る時間は2時間強くらいしか確保出来ません。
その貴重な時間をアンプのご機嫌取りに費やさねばならないとは、人生の残り時間を無駄にしていることと同義なのです。


【これってもしかして?】
メーカー送りにする前に、まずはネットで調べてみることにしました。
同じような症状で悩んでいる人がいないか、何らかの対処法が出ていないか、等々です。

すると・・・ありました!。
ONKYOサポートページの片隅に、まるで「気付かないでくれ」と言わんばかりにひっそりと。
ONKYO HPより
http://www.jp.onkyo.com/oshirase/140820.htm

<以下、抜粋>
無償修理期間延長のお知らせ

2009 年7月より 2013 年 3 月まで製造いたしました弊社特定機種におきまして、使用状況によっては音声が正常に出力されない等の症状が、傾向的に発生する可能性のあることが判明いたしました。
つきましては、症状が発生した製品について、下記の通り2018年12月31日まで無償修理期間を延長させていただくことにいたしました。お客様にはご不便、ご迷惑おかけいたしますことをお詫び申し上げます。

対象機種
2009年7月~2013年3月に製造された主にネットワーク対応機種

無償修理の延長期間
2018年 12 月 31 日まで

無償修理対応の不具合症状
・音声が正しく出力されない症状
・ネットワーク接続のメニュー画面がグレーアウトし、ネットワークに接続できない症状
・USBメモリーから楽曲が再生できない症状

対応方法
本無償修理対象の故障と判断した場合は、弊社保証書に記載のある無償修理規定に従い修理対応させていただきます。



TX-NR5010の発売は2012年7月。
ネットワーク機能もUSBメモリーからの音楽ファイル再生機能も備えています。
そして、今回の症状は「音声が出力されない」・・・。

「これって、ウチのアンプ(TX-NR5010)そのものやないか~ッ」

さらに、私と同じTX-NR5010ユーザーで全く同様の症状に悩んでおられた方のブログも発見しました。
その方は2014年10月にこの状況に遭遇したとのことですが、個体によって症状の出方が違うのでしょうか?。


早速サポートに電話して問いただし・・・問い合わせました。
症状を説明してシリアルナンバーを伝えると該当機種であることが判明、すんなりと無償修理が確定しました。

主なきラック(汚くてお恥ずかしい)
かくして我が愛機TX-NR5010はメーカーへと旅立って行ったのであります。

あ~良かった・・・
ん?。
いや、良くない!。
全然いいこと無い!。

ONKYOの修理センターへ送ることになるため、戻ってくるまでおそらく2週間くらいはかかるとのこと。
お盆休みを挟むため、もしかするとさらに3~4日かかるかも知れません。
その間、我がホームシアターシステムは本当の音無し状態になってしまうのです。

サラウンドヘッドホンはあるものの
一応ワイヤレスのドルビーヘッドフォン・システムはあるものの、これはあくまでも深夜用のもの。
サラウンドも簡易的なもので、少なくとも初めて観る映画作品にこれを使うことは避けたいところです。


【応急処置】
そこで、せめてメインスピーカー2本だけでもアンプを繋いで音を出すことにしました。

FR-N7EX.jpg
使うアンプは、同じONKYOのオールインワンシステムX-N7EXのアンプ部FR-N7EXです。
X-N7EXは寝室の音楽用に使っているもので、主にFMラジオを聴くのとそのタイマー録音に愛用しているコンポです。
TX-NR5010が戻ってくるまではこれで急場を凌ぐことにしました。

FR-N7EX 端子 ケーブル端末バナナプラグ
FR-N7EXのスピーカー端子はプッシュ式ですから、ケーブルからバナナプラグを外して付け替えることになります。
少々めんどくさいですが、スピーカーケーブルは定期的に端末処理をやり直すと良いらしいので、これを機会に全ケーブルの端末も再処理することにしましょう。
FR-N7EXはサブウーファー端子も装備されていてここにフォステクス:CW250Aを繋ぐことも考えましたが、今回のためにCW250Aのボリューム設定を変えてしまうとNR5010が戻ってきた時の再調整が面倒になりそうなのでやめました。

5010が戻ってくるのは(多分)今月末頃になるでしょう。
それまでサラウンド再生は出来ませんから、観るのは2chステレオかモノラルの作品に限られます。
ならばこの機会にWOWOWや日本映画専門チャンネルなどで撮り貯めた古い作品や、音楽・ステージものを片っ端から観ていくことにするといたしましょう。


本日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。

Tag:TX-NR5010 ホームシアター

06
2017

週刊映画鑑賞記(2017.7/31~2017.8/6)

トガジンです。
毎週日曜日の夜は、この一週間に観た映像作品について徒然なるまま書き連ねております。

8/1(火)
怪物はささやく』🈠
(劇場:福井コロナシネマワールド)
怪物はささやく
予備知識は全く無かったのですが、ふと目にしたポスターの”巨人”のイメージに惹きつけられたことと、ダーク・ファンタジー作品でありながら出演者にリーアム・ニーソン、シガニ―・ウィーバー、フェリシティ・ジョーンズといったハリウッドの大物が名を連らねていたのがきっかけで観た作品です。

<あらすじ>
内向的で絵を描くことが好きな少年コナーは病身の母と二人暮らし。
ある夜、家の近くのイチイの大木が巨人となって立ち上がりコナーのもとに現れた。
巨人はコナーに3つの物語を聞かせたのちに彼自身の物語を聞かせろと迫る。
欺瞞、偽善、そして暴力に纏わる物語を聞くうちに、コナーは母に対する素直な感情を露にする。

怪物はささやく コナーと巨人 怪物はささやく コナーと母
『メッセージ』に続いて今年のマイ・ベストがまた一つ決まりました。

私には「母の病気」とか「いじめ」の経験はありませんが、子供の頃に隠し持っていた・・・というか持っていることに気付いていなかった心の闇を暴き出されたような気がします。
正論武装で一方的に物事を押し付けてくる祖母(シガニ―・ウィーバー)をそのまま自分の父親に当てはめてみると、これはまぎれもなく少年期の私の物語だと思えたのです。

怪物はささやく コナーと怪物
ラストの病室のシーンは本当に切なくて素直に泣けてしまいました。
主演のルイス・マクドゥーガル君、名演です。

気になるところ、気に入らないところが一つもありません。
あるとしたら”邦題”くらいのものです(笑)。
素晴らしい出来栄えなのに、この邦題と宣伝の弱さのために損をしている作品です。
上映館も少なかったらしく、もしかするとスピルバーグ監督の『B.F.G』とイメージが被るために後方に追いやられてしまったのかも知れません。

J・A・バヨナ監督の前作『永遠のこどもたち』も良作らしいので是非観てみたいと思っております。


8/2(水)
『ゴジラvsスペースゴジラ』
(ホームシアター:WOWOW録画)
1994 ゴジラvsスペースゴジラ
これを全編通してちゃんと観たのは本当に久しぶりです。
数年前に日本映画専門チャンネルやWOWOWで放映された時にもこの作品だけはほとんど早送りしながら見ていました。
今こうしてVSシリーズを連続で見ていくと、『ゴジラvsモスラ』とこの『ゴジラvsスペースゴジラ』はストーリー面では番外編的な位置づけになっていて、飛ばして見ても全く差支えないことが分かります。

しかしながら、公開当時10歳未満の子供だった人たち(現在30歳前後)の中には、「この『ゴジラvsスペースゴジラ』が映画初体験だった」という人や「これが一番好きだ」という人が大勢いるようです。
映画評というものは「★いくつ」とか「100点中何点」とかいった単純なものではなく、「出来・不出来」以外に「好き or 嫌い」といった感情面と「思い出補正」も加味して、3次元的に考えるべきものなのかも知れません。


8/3(木)
『ジャック・リーチャー』🈠
(ホームシアター:レンタルBlu-ray)
ジャック・リーチャー
前作『アウトロー』が結構面白かったので期待していたものの、諸々タイミングが合わず劇場では鑑賞出来ずじまいだった作品です。
今回ブルーレイをレンタルして観たのですが・・・。

あれ?
リーチャーのキャラが変わっている気がします。
前作では、相棒だった女性弁護士がすぐに感情的になって喚き散らすタイプの頭の悪いキャラクターだったため、リーチャーの頭脳明晰なところや冷静沈着さが際立っていました。
しかし今回の相方は元同僚の職業軍人女性であるためか、リーチャーの凄みが発揮出来ないまま終わってしまった感じです。
また、前作で『アウトロー』と邦題を付けられたくらい孤高の存在だったリーチャーに、2作目にして娘の存在を匂わせてしまったのもマイナスでしかなかったと思います。
『ミッション・イン・ポッシブル』や『ナイト&デイ』など、ここ数年似たようなアクション・ヒーローものを連発しているトム・クルーズがこれまでのキャラと差別化を図ろうとして失敗したという感じです。



今週はあまり自由になる時間が取れず、観たのはこの三本のみでした。



ビーチバレー撮影
この土日は、二日間連続でビーチバレーの撮影のお仕事でした。
今日(6日)などは、40度近い酷暑の中8キロもあるカメラを担いで浜辺を歩き回っていため見事に熱中症になってしまいました。
このビーチバレーの大会は毎年行われているものらしく、来年は8月最初の土日の仕事受注には要注意です(笑)。
一方で、来週は台風5号が福井に向かってくるとかで、火曜日の登山絡みの仕事が中止になってしまいました。
当分は極端な夏の天気に振り回される日々が続きそうです。


今週もお付き合いいただきありがとうございました。

Tag:怪物はささやく

04
2017

『ゴジラvsスペースゴジラ』

CATEGORY『ゴジラ』
トガジンです。
ゴジラシリーズ通算21作目にして、『ゴジラ』第一作公開から40周年というメモリアルイヤー公開作品。
潤沢な製作費をつぎ込んで超豪華な娯楽超大作を打ち出してくるかと思いきや、ハリウッド版『Godzilla』製作開始が大幅に遅れていたことから間を繋ぐ必要があったため急遽作られた作品でしかありませんでした。
「平成ゴジラVSシリーズ」は前作『ゴジラvsメカゴジラ』で一旦終了を予定していたはずでしたが、東宝としては大きなビジネスチャンスを前に世間からゴジラへの関心が薄れてしまうことを恐れたのでしょう。

『ゴジラvsスペースゴジラ
1994 ゴジラvsスペースゴジラ
<あらすじ>
宇宙に運ばれたゴジラ細胞がブラックホール内で結晶生物と合体して誕生した怪獣・スペースゴジラ
地球に接近するスペースゴジラに対して、国連は対ゴジラ兵器モゲラを宇宙に送り込むがあえなく敗退。
ついに地球に飛来したスペースゴジラは、自分のオリジナルともいうべきゴジラに戦いを挑む。 

スペースゴジラと権藤さん】
スペゴジ予告篇
ゴジラVSシリーズ次回作のタイトルが『ゴジラvsスペースゴジラ』だと聞かされた時・・・。

偽マン&偽セブン
ふと私の脳裏に浮かんだのはやたら目が吊り上がった陰険な顔つきのウルトラマンと体中にゴテゴテと余計なパーツをくっ付けたウルトラセブンのイメージでありました。

そして本当に残念なことに、そのイメージの方向性は概ね間違ってはいなかったのです。

スペースゴジラ
これがそのスペースゴジラ。
確かにトゲトゲがゴテゴテです。

いかに時間が無い中での急ごしらえとはいえ、「スペースゴジラ」というネーミングとそのデザインセンスには流石の私も劇場へ見に行く気が失せました。
いや、その設定が思わず膝を打つほど斬新で腑に落ちるものであれば興味も湧くというものですが・・・。

CAP 「ということです」(キッパリ)
「宇宙へ飛散したビオランテの細胞か、あるいは宇宙へ飛び立ったモスラに付着していたゴジラの肉片かは定かではないが、そのいずれかに含まれていたG細胞がブラックホールに飲み込まれて結晶生物と恒星の爆発エネルギーを吸収、ホワイトホールから放出された結果、異常進化して誕生した。」
・・・ということであります。

○| ̄|_

ところで、ドヤ顔でスペースゴジラの正体をキッパリと断定して見せたこの美人さんは『ゴジラvsビオランテ』で殉職したあの権藤吾郎一佐の妹、千夏(演:吉川十和子)です。

結城
そして権藤がらみでもう一人。
彼の親友で、その仇討ちに燃える結城晃Gフォース少佐(演:柄本明)。
本作の主人公の一人です。

CAP この時間軸では死んでないはず
1989年。
大阪のパナソニック・ツインタワーで、命を賭してゴジラに抗核エネルギーバクテリアを直接打ち込んだ権藤一佐(演:峰岸徹)。
メインの登場人物に『ゴジラvsビオランテ』で強い印象を残した彼との関係を絡めてくるとは、なかなかどうして巧いストーリー構築ではあります。

しかしSF設定にこだわる私としては、この話の流れはどうも腑に落ちません。
なぜならば、『ゴジラvsキングギドラ』において発生したタイムパラドックスにより、1984年に東京に上陸したゴジラの個体は「存在しなかった」ことになっており、1989年のビオランテ戦も「この歴史の上では無かった」ことになっているはずなのです。
すなわち、この時間軸世界では権藤一佐はまだ何処かで生きているはずであり、妹も親友もその仇云々を口にするのjはおかしいのです。

このことを口にするたびに周囲から「細かいことは気にするな」と言われてしまいます。
しかし、映画の出来不出来の判断基準をまずストーリーに求める私としては、この映画の基本設定は「根本から成立していない」のであります。

とはいえ、それはあくまでも『ゴジラvsキングギドラ』の無茶な設定のせいであり、ある意味仕方がないことかも知れません。
そこさえ考えなければ、『ゴジラvsスペースゴジラ』のストーリーは過去作品の設定(伏線)を巧みに利用して組み上げられたものであり、ネーミングやビジュアル面の不統一感以外は特に大きな破城はありません。
登場人物も、Gフォースに属するはぐれ者コンビとレギュラー超能力少女との交流、権藤一佐の死を引きずったその妹と親友という2つのストーリーラインが用意されていて一本の映画として見せ場に困ることはない”はず”でした。

ところで・・・。
CAP 結城アキラ シン・ゴジラ 「中断!」
結城役の柄本明さんは、既存のゴジラ映画出演経験のある俳優をほとんど起用しなかった『シン・ゴジラ』にも官房長官役で出演されていました。

『シン・ゴジラ』つながりで少々横道へ逸れますが・・・。
CAP 血液凝固剤
バース島での結城は、とある薬剤をゴジラの皮膚の弱い部分(腋の下)に打ち込んでゴジラを倒そうとしていました。
その薬剤とは「血液凝固剤」。
『シン・ゴジラ』の「ヤシオリ作戦」で使われたものと同じ性質のものであり同じ名称です。
長い間本作を見返すことが無かったため気付きませんでしたが、意外なところに『シン・ゴジラ』の元ネタがありました。

そして、その着想そのものは『ゴジラvsビオランテ』の抗核エネルギーバクテリアへと遡ります。
どうやらゴジラを倒す(あるいは活動停止させる)ための方法は、外からの物理攻撃ではなく投薬投与による内部からの攻撃が有効であるという結論に落ち着いたようです。

そこから思うに、「平成ゴジラVSシリーズ」は、『ゴジラvsビオランテ』『ゴジラvsキングギドラ』がその頂点であり、あとはひたすらその再生産を繰り返していただけではないのか?と思えてなりません。
『vsキングギドラ』以降は、斬新なゴジラ撃退方法やゴジラの新能力開拓などの思い切った描き方をしてはいません。
『vsモスラ』も『vsメカゴジラ』も、そして今作も「早くも守りに入っている」という印象が強いです。


【川北特撮】
新宿ゴジラ 新宿ゴジラ 寄り
新宿東宝ビルの屋上から顔を出しているゴジラの顔は、この『ゴジラvsスペースゴジラ』の時のイメージだそうです。
現在も日本人のほとんどが思い描くゴジラのイメージは、川北紘一監督が作り上げたVSシリーズのゴジラ像ではないでしょうか。

川北監督は「平成ゴジラVSシリーズ」を成功に導いた最大の功労者です。
しかし時として特撮シーンを無闇に長尺化してしまい、映画全体のバランスを壊してしまうこともありました。
『ゴジラvsモスラ』と、この『ゴジラvsスペースゴジラ』では特にその傾向が目立ちます。

CAP ゴジラ対スペースゴジラ
ゴジラとスペースゴジラ、そしてモゲラによる三つ巴の怪獣バトルは終盤で「これでもか」とばかり延々と特撮シーンが続きます。
前々作『ゴジラvsモスラ』の終盤30分は人間ドラマがほとんど描かれなくなってしまうほどで退屈でしたが、今回はさらにテンポの悪さも加味されていて最後まで見続けることが苦痛にすら感じます。

CAP モゲラ正面 CAP モゲラ合体画変形
中でも、モゲラに関しては変形・合体シーンがあるたびに省略することなく繰り返し繰り返し律義に描写していますが、結果としてそれが映画のテンポを悪くしています。
川北監督は『地球防衛軍』を観て特撮映画の世界へ入ったと言われる方ですからモゲラに特別愛着があるのはよく分かりますが、これはもう「しつこい!」とさえ感じてしまうレベルでした。
中には台本に無かったメカシーンが勝手に作られていた箇所もあったようで、そのために本編部分の尺が圧迫されてしまい山下本編監督はせっかく作った人間ドラマ部分を刈り込む羽目になったそうです。

CAP 訊いてみたかった
映画の冒頭で、新城(演:橋爪淳)と佐藤(演:米山善吉)がバース島へ左遷させられた理由について、脚本には明確にそのシーンが描かれていたにも関わらず完成した映画ではカットされてしまっていました。
バース島へ至るまでに新庄のキャラクターが明確にされていないため、三枝未希(演:小高恵美)に出会った時の「会ったら聞いてみたかったんだ。どうしたらそんなにゴジラが好きになれるのか?って」と尋ねる姿が単に不しつけで軟派な男のように見えてしまう危険がありました。

新城と未希
橋爪淳さん自身のキャラクターと演技のおかげでそうした誤解は免れたものの、やはり人物描写が希薄なために後半の未希とのロマンスに関してはやや唐突なものに映ってしまいました。

もっとも、この新城と未希の関係については次回作『ゴジラvsデストロイア』では一切語られていません。
その後お互いに接点を見い出せずに別れてしまったものと思われます。
(当時の自分の状況や心情からは、こういうネガティブ発想が先に立ってしまいます・・・)


この頃のゴジラ映画は、ストーリーではなく特撮そのものが映画の本幹部分となっていて、ドラマ部分はそれを解説するためだけのものでしかなくなっています。
まるで川北特技監督が影の監督であり、本編監督はそれを補足するための画を撮るB班(セカンド・ユニット)のように思えてしまいます。

この頃は作品そのものに対する発言力も相当強かったようで、時にはシナリオや本編監督の意向を無視して好き勝手に作ってしまうことも多かったようです。
現に、突然シナリオにないシークエンスの撮影準備を指示された若いスタッフがその理由を尋ねたとき、「ホンが面白くないからだ!」と一喝されたというエピソードも残っています。
この逸話が本当なら、後期平成VSゴジラの製作現場は非常にいびつなものだったように思えてなりません。
「現場の判断」は確かに大事ではありますが、少なくとも山下憲章本編監督やプロデューサーには事前にひと言相談するべき場面です。
そうして作られた特撮場面がメイン・ターゲットとする子供たちを大いに喜ばせ、興行成績向上に大きく貢献したであろうことは確かですが、一本の映画のバランスを破壊してしまっていたことも事実です。


【リトルゴジラ】
リトルゴジラ
予告編でこれを見てしまった瞬間、私にとって平成VSシリーズは「完全に終わった」と思いました。
30歳を過ぎた男に、これに何を期待しろと言うのか・・・。

ベビーゴジラ全身
これが・・・

リトル全身
一体何を食ったらこうなるのか?。
良く言えば「ファンシー」悪く言えば「女性や子供客に媚びた」このリトルゴジラのデザインを推したのは、他ならぬ川北紘一特技監督だったそうです。

前々作『ゴジラvsモスラ』は、徹底したマーケティング・リサーチにより親子連れと女性の集客を狙った作りに徹底することで、(作品の出来や内容とは別の理由で)大成功を収めました。
しかし、作り手の目線が狙いを定めたターゲット層のみに向けられていることがハッキリ判ってしまうことで、我々のような古参の怪獣映画ファンは疎外感を感じたものでした。
そしてこの『ゴジラvsスペースゴジラ』にも、「あんた達のために作ったんじゃないよ」的オーラが全身に漂っていたのです。


【それでもやっぱりゴジラだから・・・】
結局、私は劇場に足を運んでしまいました。
あのゴジラの雄姿と咆哮を私の身体が求めていたのかも知れません。

考え方の違いから冷めた関係になってしまった女であっても、それでも時々会いたいと思ってしまうようなものでしょうか?。
変な例えでスミマセンが、互いの求める方向性さえ一致するなら私はいつでも縒りを戻すつもりでいたのです。
しかしそれには、7年後の『ゴジラ・モスラ・キングギドラ 大怪獣総攻撃』と22年後の『シン・ゴジラ』を待たなければなりませんでした。

観たのは年が明けてから2週間ほど、上映期間も終わりが見えてきた頃です。
冬休みが終わり小中学校が新学期を迎え、小さい子供が来なくなったタイミングを見計らって劇場に足を運びました。

『ゴジラvsスペースゴジラ』は、世を拗ねた30歳過ぎの男が心底楽しめるような作品ではありませんでした。
私の興味は、『ゴジラvsビオランテ』以来くすぶっていた「怪獣映画へのエキストラ出演」に関する部分がほとんどでありました。

山形駅 日本縦断
福岡? CAP レポーターとカメラマン
本作では、北海道から九州まで日本列島を縦断するスペースゴジラの移動に合わせて、当時の各都市の風景が大勢の市民エキストラの姿とともに登場しています。
中にはご当地のアナウンサーや番組スタッフがそのままレポーターとして出演していたシーンもありました。
私は福岡の女性レポーターの郷土愛溢れる実況を聞きながらも、彼女を撮りつつ自分もしっかり映画に顔を出していたカメラマンのことを(同業者として)心底羨ましく思ったものでした(笑)。

CAP 神戸(震災の半年前) 神戸港
その中に、神戸市上空をスペースゴジラが飛び去る場面もありました。
当時の私にとっては、神戸もまた頻繁にロケで訪れることが多かった、とても馴染み深い土地です。
前作『ゴジラvsメカゴジラ』で京都のシーンを観た時と同様、心地よい既視感に酔うことが出来ました。

しかし・・・。

【平成7年1月17日、AM5時46分52秒】
御屋敷通周辺(19950117)
阪神淡路大震災発生。
まさか新作ゴジラを観たわずか数日後に、あのような大災害が現実に起こるとは夢にも思っていませんでした。

長田区海運町 住宅火災の跡(19950118)
当時関西マスコミの末席にいた私も、その日から約2か月間は東京キー局主導の神戸取材に拘束されることになりました。
ゴジラ映画の記事の中で阪神淡路大震災を語るのはあまりにも不謹慎と考えますので詳細は控えますが、私の人生に最も大きな影響をもたらした体験であることは確かです。
それはゴジラなど特撮怪獣映画とも決して無関係ではありません。
阪神淡路大震災については、後日単独記事として書き残すことにしております。

震災関係の写真2枚は神戸市のオープンサイト「阪神・淡路大震災1.17の記録」より拝借させていただきました。



最後に明るい話題を二つ紹介して締めにしたいと思います。

【ゴジラ九州縦断ルートの謎】
CAP スペースゴジラ in 福岡
『ゴジラvsモスラ』から大々的に行われるようになったご当地エキストラ参加ツアーは、実施された都市の興行成績を引き上げるのに大きく貢献していました。
その地でゴジラのロケが行われたとあれば、参加者とその家族・関係者はもちろんのこと街中の人が映画を見に行くであろうことは確実であり、特別な広告宣伝費を使わずとも一定地域の興行収入を上げることが出来るのです。
逆にそのことが、高収益が期待出来る大都市や有名ランドマークを有する地域にばかりロケ地が集中してしまうという弊害をもたらしていました。

CAP ゴジラ九州上陸1 鹿児島 CAP ゴジラ九州上陸2 熊本
しかし今作ではそれに一矢を報いるようなエピソードがありました。

今回のゴジラは鹿児島から九州に上陸して、一路スペースゴジラが拠点とする福岡に向かって行くわけですが、本来なら熊本から一直線に福岡を目指せばいいものを、なぜか一旦大分県に向けて大きく迂回するルートを取っています。

CAP ゴジラ九州上陸 回り道
拉致されたリトルゴジラを取り戻すため一刻も早く福岡に行きたいはずのゴジラが、どういうわけか九州4県全部を律儀に回ってみせたわけです。

CAP ゴジラ九州上陸3 別府(大分)
実はこれ、大分県の商工会議所や各市町村が「大分だけ無視とは何事か!」と東宝に対して積極的に誘致活動を行った結果なのだそうです。
映画のリアリティとしてはいかがなものかとは思いますが、これはこれで心温まるお話ではないでしょうか。
日本各地の県や市町村が『男はつらいよ』やNHK大河ドラマの誘致を狙っていたのと同じように、ゴジラもまた「町興し・村興し」の神輿として見られるようになっていたのですね。

我が福井県の為政者たちも、ゴジラ誘致にこれくらい熱心に動いてくれたら嬉しいんですがねえ。


【沖永良部島の子供たち】
最後にもう一つ心温まるエピソードを。
これは『ゴジラvsスペースゴジラ』のDVDに収録されたオーディオコメンタリーで山下監督が語っていた話だったと記憶しています。

CAP 沖永良部 ロング
ゴジラとリトルゴジラが生息するバース島のシーンは、奄美群島南西部に位置する沖永良部島で撮影されました。
ところが撮影当時、ロケハン時とは潮の状態が大きく異なって引き潮状態になっており、美しかったはずの浜辺は大量のゴミや藻で撮影どころではなくなっていたのです。
しかし、それを知った沖永良部島の小学生たちが総出で浜の清掃をして、蘇った綺麗な浜辺とともに撮影隊を迎えてくれたのだそうです。
彼らのおかげで無事に撮影出来たそのお礼として、山下監督たち東宝サイドは映画完成後すぐに『ゴジラvsスペースゴジラ』を島の子供たち全員に無料で鑑賞してもらうプレゼントをしたとのことでした。

CAP 沖永良部 夕景
正直なところ、私にとっては見るべきところがほとんど無いゴジラ映画でしたが、当時の沖永良部島の子供たち(現在は30代半ばくらい?)にとっては大切な思い出が詰まった映画のはずです。
そのことを考えると無下に貶すことも出来ませんし、映画の出来栄えだけが評価の全てではないとも思う今日この頃であります。

CAP 沖永良部 美景
最後までお付き合いいただきありがとうございました。

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